20190107_いつか見たような、無いような景色

pakapakaumaです。

年始近辺までの記事を書き終えました。
記事といっても内容の薄いものではありますが。

 

 

今回は今まで触れてこなかった、このサイトのトップに書いてあるサブタイトルについて触れておきます。

 

 

「いつか見たような、無いような景色」

 

 

 

こじらせたようなクサいフレーズですが、ちゃんと意味くらいはあります。
どちらかというと有名な場所でもなく、日常にありふれた場所を取り扱っていく中でひとつくらいは主軸を持っておいたほうがいいのかなぁと思い、このサブタイトルをつけました。

 

こういう写真とか動画のサイト立ち上げる方はけっこう作品作りたい人が多いのかもしれませんね。僕は作品をつくろうとかいう意識はどちらかというと低いです。もともとそういうタイプではないのもありますが。

無理に色を付けずにありのままを多く残すこと。
現状にプラスアルファでイベントを企画しようとか、物語的に作品をつくろうとかいうものとは別のアプローチです。

このサイトにUPした写真や動画はとても平凡です。
目立った特色があるかと問われるとおそらく無いです。
ただそこにある景色をひたすらテーマごとに撮りためている。
動画に至ってはそういった素材の集合体でしかないわけです。

知多半島内に住んでみえる方、それ以外の方
いろいろですが、このサイトにある写真と似たような景色はたぶんどこかで見ていると思います。なんとなく見覚えのあるような、でも行ったことはないから見たことはないはずといった感じの。

たとえば今住んでいる近所の住宅街だったりとか、慣れ親しんだ公園だったりとか、当たり前に毎日目にしてる景色です。
当たり前に目にしているものほど意外なことに記録に残らないものです。
いつでも見られるし、いつでも行けるから別に残しておく必要はないだろうと。
それでだいたい忘れているんだと思います。

それでも小さいころのアルバムをみて、懐かしい景色がみえたとき心動かされたことはないでしょうか。当たり前で普通すぎる地元の写真に。

このあたりは主観的なところなので、個々の思い出補正がつよいとは思いますが、僕は平凡でもいいからそういうものを残していきたいと考えています。
何かを思い出せるようなきっかけになりそうなものです。

誰かが忘れていそうな当たり前の平凡をを少しだけ印象的に残せるよう工夫してみて、それを何かのきっかけで見た方が何かを思い出したりちょっと気になったから足を運んでみようとか思ってくださったらいいなというのがこのサブタイトルに込めた意味です。残らなければそのきっかけを作り出すことさえできないとおもうので。

その場所のことよりも機材話とか、うんちくとか、自分のことを多く書いているブログ欄ではありますが、基礎になるところはここまで書いたあたりです。

たまに脱線していきそうになるので、初心を思い出すために自分用でトップに書いたということもあります。
ほんとはもうちょっと理由があるのですが、長くなりそうなんでここらへんにしておきます。眠いので起承転結してない文章になっていたらごめんなさいです。

断片的な思いは多数あれど、それを説明を添えて文章にしていくって難しいですねぇ。

 

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